ドミトリー日記

「自宅」はドミトリーで住んでいるつもりで生活してます。

バックパッカー的に通勤する。

ドミトリーハウスを出て、これから職場に向かう。ドミトリーではホントに寛げた。自宅よりもいいかも。静かだし。ポケットにケータイとLINE用のiPod入れて、リュックサックを担ぐ。今日は楽しく働けそう。朝飯はコンビニで買っていこう。こういうことが、期間限定でもいいから、しばらくの間毎日できたらイイんだけど。当然通勤の電車内では中華タブレットさわってる。Googleプレイで中島美嘉聴きながら。

上のポストを書いて36時間は経っている。今は「自宅ドミトリー」(要は自宅をドミトリーに見立てているだけ)の共有Mac(実際は自分のMac)の前に陣取ってサッポロビールを飲んでいる。

ドミトリーハウスの比喩は私の生活に新鮮さと活力を与えてくれる。邪魔くさくて下らないと思ってた家事も、楽しいドミトリーを維持する業務となる。私はドミトリーのハウスキーパーとなって「業務」に勤(いそ)しむ。そういう「設定」が生活の一つ一つが愛らしく美しいものになってくる。これってある種の「魔法」ではないのか?