双撃のブックマーク

個人的なブックマークです。

医師が指摘する間違った理想

和田秀樹氏の指摘する間違った老後の理想☆

 


高齢者が健康に暮らすには、どんな生活スタイルがいいか。医師の和田秀樹さんは「家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てるべきだ。高齢者の独り暮らしには、自分に居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らせるというメリットがある。そのうえ独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅い」という―

 

■薬を飲まないと本当に病気になるのか

 


 たとえば、血圧が高い患者さんに、医師はよくこんな言い方で薬を飲ませようとします。

 


 「ちゃんと薬を飲まないと脳卒中になるよ。脳卒中で死ぬよ」

「飲んでたら大丈夫だからね」

 


 脅したりなだめたりしながら、きちんと服用させようとするのですが、こうした言葉にどのくらい意味があるのでしょうか。

 


 アメリカで、血圧が160mmHgくらいで、薬を飲んだ人と飲まない人を集めて6年後の状態を調べた有名な研究があります。かなり大規模な調査で、エビデンスのしっかりした研究とされるものです。

 


 これによると、薬を飲まない人は10パーセントが脳卒中になっていましたが、飲んだ人では6パーセントでした。この数字から「有効である」とされたわけですが、医師がもし、「飲まないと脳卒中になるよ」と言っていたとしましょう。

 


 薬を飲まない人の90パーセントは、脳卒中になっていないことになります。飲まずに脳卒中になった10パーセントの人は、運が悪かった人といえそうです。

 


 薬を飲むと、94パーセントは脳卒中にならないですみ、かかった人は6パーセントに減っていますが、薬を飲んでも脳卒中になって、もっと運の悪い人が6パーセントもいるのです。

 


 飲まなくても90パーセントの人が脳卒中になっていないのですから、「飲まなかったら脳卒中になるよ」というのは詐欺商法に近いといってもいいでしょう。また、飲んでいても6パーセントは脳卒中になるのですから、「飲んでいたら大丈夫」と言うのも同じく詐欺的といえるでしょう。

 


 このくらいの数字で「有効である」と効果が認められているわけで、「薬を飲まず、かつ運の悪い人」との差がもっと小さい薬はいくらでもあります。

 


 医師の“脅し”を鵜呑みにする必要はありません。そもそも薬は、体調をよくするために飲むものです。異常となった検査数値を正常に戻すために飲むものではありません。

 


 処方された薬で、だるさやめまいといった症状があったら、遠慮せずに、医師にはっきり伝えましょう。

 


■検査データの「異常」の意味を知っておこう

 


 健康診断や人間ドックの検査データには、基準値に正常とされる幅があり、「基準範囲」と呼ばれます。この基準範囲は、1000人とか1万人とかの健常者の検査数値で、「分布の中央95パーセント区間」という意味です。

 


 したがって、健康であっても5パーセントの人は、この基準範囲から外れることになります。外れているからといって異常とはいえません。

 


 いわば、あるグループの身長データを見て、95パーセントから外れる人――たとえば、身長178センチメートル以上と、167センチメートル以下は異常といっているようなものです。検査データを判読するための目安にはなりますが、正常か異常かを判別することはできないのです。

 


 95パーセントの人を「正常」とし、そこから高すぎたり、低すぎたりして外れた5パーセントを「異常」とした統計値にすぎません。つまり、最大で、健康な100人のうち5人が「異常」となるわけです。

 


 また、もともと健常者を集めた検査です。「異常」でも病気ではありません。しかも、若い人のデータがもとになっているので、高齢者は含まれていません。高齢者の場合は、基準範囲からズレてくるのが当たり前です。

 


 統計的な意味を考える「頭がいい人」は、数値に一喜一憂することはなさそうです。

 


 でも、「頭が悪い人」は、範囲に収まってさえいれば健康にお墨付きが出たと考えて暴飲暴食をしたり、外れていれば必要以上に心配して、数値を正常にするために薬を飲んだりしがちです。

 


 どんな薬でも、体に影響を与えるので、ある臓器の数値がよくなったからといって、健康になるとはかぎりません。検査データの異常が持つ意味を正しく知っておかないと、無用の薬を飲んでかえって健康を損なうことになりかねません。

 


■独り暮らしだからといって孤独とはかぎらない

 


 どんなものにもメリットとデメリットがあるので、それぞれの確率を考えて判断することになります。端的なのは、薬を飲むか、飲まないかを考えるときです。たとえば、副作用の確率が3パーセントといわれたとしましょう。

 


 服用したことで、いまかかっている病気が悪化する確率とか、死亡率がどのくらい下がるのかを知りたくなりますよね。病気予防のための薬なら、発症の確率がどのくらい下がるのかが問題でしょう。当然、メリットとデメリットをそれぞれの確率から判断するはずです。

 


 先述した血圧の薬を例に、脳卒中になる確率は、飲まなかった場合は10パーセントだったものが、飲んだら6パーセントに下がるとしましょう。もし、脳卒中並みの副作用が表れる確率が20パーセントあったとしたら、飲んだほうが損だと考えられるでしょう。

 


 家族についても、メリットばかりではありません。大家族で孫に囲まれて暮らすのが幸せというイメージを持つ人も多いかと思いますが、高齢者の自殺率は、独り暮らしの高齢者よりも、家族と同居する高齢者のほうが高いことが知られています。

 


 また、福島県の調査では、独り暮らしの高齢者の自殺者は全体の5パーセント以下にすぎず、自殺者のほとんどが家族と同居していたことが明らかになっています。

 


 その理由について、「介護や看護をさせて申し訳ない」「家族に迷惑をかけて心苦しい」といった心理状態なのではないかと推察されます。

 


 独り暮らしの孤独からうつになる人はいるし、自殺する人もたしかにいます。でも、独り暮らしだからといって孤独とはかぎりません。自分にとって居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らすのは、それはそれで満ち足りた毎日だといえます。

 


 独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅いのです。現代では、むしろ理想的な姿なのかもしれません。家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てましょう。家族との同居こそ、デメリットになっている場合があるのです。

 


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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪市生まれ。精神科医東京大学医学部卒。

8月2日2023年